みんなはやく寝ろ
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
町を歩くと変な店だなとか、入りにくいなとか普通に考えます
しかし自分の勤めるとこでもないのに真剣に心配してくれる奇特な人もいて
ココは売れていないのではないか
何故売れないか
どうすれば改善するかと忠告してくれる人もいます。
そういう道のコンサル業かベテランならともかくまったく畑違いでもいうのです。
「ほっとけよ」というのですが考えているので、ここの人たちだって長年やっててノウハウもあるし、知ってて考えてやってるのだからほっとけば
いいんだよ
それにその手のハウツー本とかもいっぱい出ています。
だからほっときなよ平気だよといってもなお心配する
そういえば
そういう人はよその家の子育てや夫婦関係にまで心配するのであった
よいところは見ないで必ずマイナス面をみるのであった
よく思い出せば子供のころからそういう側面はあった
自分とは違うものの見方に感心したり尊敬する場合もあるけど
単に心配性なだけである
最近ではマイナス思考といわれてしまう
そして心配だから何か手を打つかというと何もしないでグチる。
++++
だけど商売は微妙で
同じ店が場所を数メートル移動しただけで
売れなくなったケースをみたことがある
某工事角のだが
駅前にあったのを、さらに改札に近いところに引っ越したら
売れなくなってすぐ店閉めた
ほんの数メートルである
でも位置と思うのは私の思い込みで
実際は別の理由かも知れない
都会などは似たような店がみっしりひしめいていて
あっというまにできてはなくなる
通りかかるたびに「ここはどうだろうなあ」と感じる
おしゃれっぽい
喫茶店とか飲み屋とか、美容院とか
ボランティア団体のお店とか
何度か改装して
結局つぶれるのだった
反面
古臭くぐちゃぐちゃした店でも儲かってるらしい店とかもあるし
そこにしかない品物とかあると
聞きつけて遠方からもやってくるそうだ
中央線ぞいには変なお店がいっぱいあった
若いころサブカルチャーに染まった人々が奇妙な人々が大勢いた
さらに年配の人はお金持ちでも節約している(ひともいる)
21世紀もうすぐなのにママレモンつかってるおばさんがいて
「こんなのまだ売ってるの」と驚きました
それより、ドコで購入できるのかと
もしや新聞のおまけか?
バブル時代はバイトしてると、「もっと高いもの頂戴」といわれた
いいものとは言わない高いものである
一般人なのに店で注文しまくって大量に食い残し
今もそうだけど
びんぼう学生の身からは、何考えてんの?と思いました
でも東京の地付きで、バブル時代郊外に移動した人たちにいわせれば
23区内でデカイツラしているのは戦後やってきたイナカもので
礼儀も何もなってないそうである
家の修理にきた職人さんが勝手口から用があって入ろうとしたら
「そんな泥足であがらないで」とおばさんから怒鳴られた
しかし勝手口なんだから玄関じゃないのに
という話をしたら意見は色々だった
1ドカタとして職業的差別をしている
2.大声をだす現場系の男性が怖い
3.礼儀というか生活の流儀をしらない田舎もの
単にきれい好きという意見は無かった
ドカタへの偏見に関しては当事自分にかなり関係があった
今はもちろん当事も、ドカタ(土方)は差別的用語として使ってはならない言葉だった
ドコにいってもその方面へ進学や就職をきめたわれわれを「心配」してくれる人は常にいた
しかし自分の勤めるとこでもないのに真剣に心配してくれる奇特な人もいて
ココは売れていないのではないか
何故売れないか
どうすれば改善するかと忠告してくれる人もいます。
そういう道のコンサル業かベテランならともかくまったく畑違いでもいうのです。
「ほっとけよ」というのですが考えているので、ここの人たちだって長年やっててノウハウもあるし、知ってて考えてやってるのだからほっとけば
いいんだよ
それにその手のハウツー本とかもいっぱい出ています。
だからほっときなよ平気だよといってもなお心配する
そういえば
そういう人はよその家の子育てや夫婦関係にまで心配するのであった
よいところは見ないで必ずマイナス面をみるのであった
よく思い出せば子供のころからそういう側面はあった
自分とは違うものの見方に感心したり尊敬する場合もあるけど
単に心配性なだけである
最近ではマイナス思考といわれてしまう
そして心配だから何か手を打つかというと何もしないでグチる。
++++
だけど商売は微妙で
同じ店が場所を数メートル移動しただけで
売れなくなったケースをみたことがある
某工事角のだが
駅前にあったのを、さらに改札に近いところに引っ越したら
売れなくなってすぐ店閉めた
ほんの数メートルである
でも位置と思うのは私の思い込みで
実際は別の理由かも知れない
都会などは似たような店がみっしりひしめいていて
あっというまにできてはなくなる
通りかかるたびに「ここはどうだろうなあ」と感じる
おしゃれっぽい
喫茶店とか飲み屋とか、美容院とか
ボランティア団体のお店とか
何度か改装して
結局つぶれるのだった
反面
古臭くぐちゃぐちゃした店でも儲かってるらしい店とかもあるし
そこにしかない品物とかあると
聞きつけて遠方からもやってくるそうだ
中央線ぞいには変なお店がいっぱいあった
若いころサブカルチャーに染まった人々が奇妙な人々が大勢いた
さらに年配の人はお金持ちでも節約している(ひともいる)
21世紀もうすぐなのにママレモンつかってるおばさんがいて
「こんなのまだ売ってるの」と驚きました
それより、ドコで購入できるのかと
もしや新聞のおまけか?
バブル時代はバイトしてると、「もっと高いもの頂戴」といわれた
いいものとは言わない高いものである
一般人なのに店で注文しまくって大量に食い残し
今もそうだけど
びんぼう学生の身からは、何考えてんの?と思いました
でも東京の地付きで、バブル時代郊外に移動した人たちにいわせれば
23区内でデカイツラしているのは戦後やってきたイナカもので
礼儀も何もなってないそうである
家の修理にきた職人さんが勝手口から用があって入ろうとしたら
「そんな泥足であがらないで」とおばさんから怒鳴られた
しかし勝手口なんだから玄関じゃないのに
という話をしたら意見は色々だった
1ドカタとして職業的差別をしている
2.大声をだす現場系の男性が怖い
3.礼儀というか生活の流儀をしらない田舎もの
単にきれい好きという意見は無かった
ドカタへの偏見に関しては当事自分にかなり関係があった
今はもちろん当事も、ドカタ(土方)は差別的用語として使ってはならない言葉だった
ドコにいってもその方面へ進学や就職をきめたわれわれを「心配」してくれる人は常にいた
PR
この記事にコメントする